シビルツェフ、アレクサンドル・セルゲイエヴィチ

Сибирцев, Александр Сергеевич
バリトン→テノール
1935年8月2日生
2024年3月6日没
アレクサンドロフ・アンサンブルのソリスト 1964年~1968年所属
ロシア連邦共和国功労芸術家(1978年)
ロシア連邦共和国人民芸術家(1983年)
グリンカ記念ロシア連邦共和国国家賞(1984年)
 バリトン歌手。後にテノールに転向。1935年8月2日、シンフェロポリに生まれる。1950年から1955年までの間、生地の工場で旋盤工、機械整備工として働いた後、1955年にシンフェロポリ・チャイコフスキー記念音楽学校に入学する。1958年から1963年にかけてモスクワ音楽院でバリトン歌手のフーゴ・ティッツ教授に学び、卒業後も大学院生として1967年まで同音楽院に在籍する。
 大学院生として学ぶ傍ら、1963年から1964年にかけてプーシキン記念ゴーリキー・オペラ・バレエ劇場のソリストとして活躍、次いでアレクサンドロフ・アンサンブルのソリストとなり1968年まで所属した。アンサンブル所属時はバリトンとして活躍。
 アンサンブル退団後、1968年から1973年にかけてルナチャルスキー記念国立演劇大学で教職に就き、リハチョフ記念モスクワ自動車工場附属文化宮殿の人民オペラ・バレエ劇場の声楽監督となった。
 1973年よりペルミのチャイコフスキー記念ペルミ・オペラ・バレエ劇場のソリストとなる。これ以後はテノールとして活躍。1993年6月にサマーラ・オペラ・バレエ劇場に転出し、同劇場ではソリスト兼劇場支配人として活躍した(支配人職は2001年まで)。2003年に退団。
 1978年にロシア連邦常和国功労芸術家、1983年にロシア連邦共和国人民芸術家、1984年にグリンカ記念ロシア連邦共和国国家賞を受賞している。
 息子のドミトリー・シビルツェフ(1968- )もピアニスト、テノール歌手として活躍し、モスクワの「ノーヴァヤ・オペラ」劇場の劇場支配人を2012年から2020年にかけて務めている。
 2024年3月6日、サマーラで没。


アレクサンドル・アレクサンドロフ:友よ忘るな(ВСПОМНИМ-КА ТОВАРИЩИ
ニコライ・グレース(テノール)との二重唱。1966年のセッション録音。
カラヴァイチューク:普通の若者(ПАРНИ ОБЫКНОВЕННЫЕ
ウラディーミル・シュカプツォフ(バリトン)との二重唱。1965年頃のセッション録音。
モルチャーノフ:兵士よ、常に隊伍を組め(СОЛДАТЫ, ВЫ ВСЕГДА В СТРОЮ
ウラディーミル・シュカプツォフ(バリトン)との二重唱。1965年頃のセッション録音。
ララ:グラナダ(GRANADA
ヴァディム・ヴェネディクトフ指揮シンフォニエッタ室内管弦楽団
2001年3月8日の映像。
ブランテル:長距離砲は沈黙している(ПУШКИ МОЛЧАТ ДАЛЬНОБОЙНЫЕ
ピアノ伴奏:ドミトリー・シビルツェフ
2007年12月5日、ロシア国立図書館における演奏会の映像。
主な録音(詳細を逐次追加)
曲   名 録音方式 録音年 ディスク番号 備 考
赤いカーネーション
КРАСНАЯ ГВОЗДИКА
セッション
モノラル
1965年? ヴァシリー・エリセーエフ、ウラディーミル・シュカプツォフとの三重唱
地球は君を見送る
ЗЕМЛЯ ПРОВОЖАЕТ ТЕБЯ
セッション
モノラル
1965年?
止まれ、誰だ!
СТОЙ, КТО ИДЁТ!
セッション
ステレオ
ヴィクトル・ドミトリエフ、Б.カザコフとの三重唱
友よ忘るな
ВСПОМНИМ-КА ТОВАРИЩИ
セッション
ステレオ
1966年? ニコライ・グレースとの二重唱
普通の若者
ПАРНИ ОБЫКНОВЕННЫЕ
セッション
モノラル
1965年? ウラディーミル・シュカプツォフとの二重唱
兵士よ、常に隊伍を組め
СОЛДАТЫ, ВЫ ВСЕГДА В СТРОЮ
セッション
モノラル
1965年? ウラディーミル・シュカプツォフとの二重唱


赤軍合唱団の人々に戻る



inserted by FC2 system